黒川駅から関屋の切り通しを通って小野路宿まで

関谷の切通し

ゴールデンウィークもそろそろ終わる5月5日、小田急多摩線の黒川駅から、東京都町田市にある小野路宿(おのじじゅく)まで歩いてきました。5㎞に満たないコースですが紹介します。

小野路宿とは

小野路宿は町田市の北部、多摩市との境に近いところにある街で、江戸時代には大山詣の宿場町として栄えた場所でした。江戸時代後期には6件の旅籠があったようで、そのうちの1つである「細野家(角屋)」の跡地には訪れた人が休憩できる、「小野路宿里山交流館」があります。

小野路宿里山交流館

小野路宿里山交流館

小野路の歴史

小野路の歴史

黒川駅から布田道へ

では、歩いてみましょう。

黒川駅

黒川駅

小田急多摩線の黒川駅、ここからスタートします。坂を下って鶴川街道を町田方面に歩きます。

セレサモス

セレサモスの前を通ります

鶴川街道を歩いて進行方向右側に見えてくるのが、JAセレサ川崎直営の農産物販売所「セレサモス」。ここの前を通っていきます。ここは主に地元農家が生産した野菜が売っている人気の店です。午後になって訪れても野菜はほとんど残っていないこともあります。なお、この写真は2023年2月ごろです。

農業地域を歩く

農業地域を歩く

セレサモスを過ぎると農業地域になります。この辺りは農業振興地域とされているようです。なお、右手に見えるビニールハウスはいちご狩りができる元木農園です。

農業地域を行く

農業地域を行く

この先4方向に分かれています、いちばん左の車が止まっている手前の道へ曲がります。車が止まっている道をずっと行くと、明治大学の黒川農場があります。

町田いずみ浄苑に出る道

町田いずみ浄苑に出る道

のどかな道を進み、坂を登りきると「町田いずみ浄苑」つまり墓地に出ます。出た先を右に曲がり、道なりに行きます。

布田道の案内

布田道の案内

墓地に沿って出てくるのが「布田道(ふだみち)」。現在の調布市布田と小野路を結ぶ道だったようで、江戸時代から存在していたようです。また、新選組の近藤勇や土方歳三、沖田総司などもこの道を歩いていたと、写真の説明にはあります。

布田道

新選組 近藤勇の歩いた道

途中に「新選組 近藤勇の歩いた道」なんて表示があります。なぜここを歩いていたのかは、ひとつ前の写真の説明にもありますが、「天然理心流」という剣術を心得ていたことから、その道場を提供していた小野路の小島家へ剣術師範のために出かけていたとのことです。

電源開発株式会社 西東京変電所

電源開発株式会社 西東京変電所

布田道を歩いていくと、変電施設が現れます。電源開発株式会社(J-Power)の西東京変電所です。この壁に沿って歩いていきます。山とか自然を歩いていく中で、このような人工物を嫌う人もいるかもしれませんが、私は実は結構好きで、特に送電線を支える鉄塔なんかは圧巻だなと思いながら写真を撮っていたりします。

また、ここは見てわかるように、道も緑色で、他のところと違ってフカフカしています。いまの季節ならではでしょうか。この道の右側は川崎市麻生区、変電所は町田市真光寺になります。

布田道

黒川の奥地

こちらは黒川方面です。

観音像

謎の観音像

さて、変電所を過ぎてしばらく行くといきなり出てくるのがこの観音像。初めて見たときと2回目ぐらいはビックリしました。なぜこんなところにと・・・。周辺にお寺などがあるわけでもなく、どこかの新興宗教でも活動しているのかとも思いましたが、ゴミの不法投棄に頭を悩ませていた土地の所有者が建てたものだそうです。これは効果ありそうですね。これでも不法投棄するような奴は人の心が無いなと思いますね。

布田道

どっちいく?

これは2021年頃の写真ですが、このように鎖が張ってある道と、そうじゃない道があります。結論からいうとどちらからでも行けますが、鎖の無い左側を進むとほんのちょっとだけ遠回りになります。

そのため私は初めてここを歩いた時は左を行きますが、それ以降は常に鎖の向こう側へ進んでいます。この写真の右側には野球のグラウンドがあって、少年野球などが行われていて、ほぼグラウンドの敷地と並行して道があります。しかしこれからの季節、草木が鬱蒼として虫も多くなるので、ちょっと鬱陶しいかもしれません。とはいっても200~300mぐらいの距離なので、一気に駆け抜けてもいいかと。不安な人は左を行きましょう。

布田道

のどかな所を歩きます

一般道に出ると狭い道ながら5方向に分かれるところがあります。そのうちのひとつを進むのですが、写真を撮り忘れたので地図のログを確認ください。

ここは冬場なんかは前方にほんのちょっとだけ富士山が見えます。

布田道

鎌倉街道が見えてきた

歩みを進めていくと鎌倉街道にぶつかります。

鎌倉街道

鎌倉街道

信号を渡り目の前のステーキ屋の右側へ行きます。このステーキ屋、ずっと気になっているんだけどいまだ寄ったことがなくて、いつかここでお昼を食べて小野路宿へ出るような予定を組もうかと。「山形牛専門」ってところも良いですね。

鎌倉街道

鎌倉街道

先の方にバス停が見えます。「別所バス停」なのですが、黒川駅からスタートすると遠いと思う方は、小田急線の鶴川駅から多摩センター行き、または京王多摩線の多摩センター駅から鶴川駅行きの神奈中バスを利用するといいと思います。

自然豊かな谷戸と関戸の切り通しを通って小野路宿へ

布田道

のんびり歩くことに適した場所です

ステーキ屋の裏手にある道を進みます。とてものどかで、ハイキングコースとしては申し分ないところです。

布田道

野菜を売ってます

途中に野菜を販売しているところが出てきます。この写真は過去に撮ったもので、今回は空っぽでした。もとから販売していなかったのかな。こういうところものどかで良いですね。

布田道

大犬久保谷戸

いやぁ、もう原風景のような場所。「大犬久保谷戸(おおいぬくぼやと)」と呼ばれる一帯です。谷戸とは丘陵地が浸食で削られた谷のような場所を言うそうです。

布田道

大犬久保谷戸

ひとつ前の写真を奥に進んだところにある道標です。この写真は過去に撮ったやつなので緑じゃないのが残念。

布田道

トンネルのような道

木々で作られたトンネルのように見えます。実はこの先にも野球のグラウンドがあるのですよ。何でこんなところにあるのかって思いますが・・・。

関谷の切り通し

関谷の切通

関屋の切り通しに来ました。ここには鎌倉街道への関所があったとされています。だから山道じゃなくて掘って道を造ったということなのだろうか。

関谷の切り通し

関谷の切り通し

関谷の切り通し

関谷の切り通し

関谷の切り通し

関谷の切り通し

こういうところを見ると時間の流れがここだけゆっくりのような気がしてきます。

関谷の切通し

下りてきました

関屋の切り通しを超えて下りてきました。いよいよ小野路宿に入ります。

小野路宿

小野路宿

小野路宿に来ました。いまでこそ普通の家が立ち並んでいますが、当時の宿場町の面影も残しているところが魅了されるのでしょう。当時の門も残っています。

小野路宿

小野路宿

小野路宿

小野路宿

小野路宿

小野路宿

小野路宿

小野路宿

こちらは小野路里山交流館の入り口で、休憩スペースや地元で採れた野菜や食品の販売、食事やコーヒーの提供もあります。

小野路宿

小野路宿

食事の提供が12:00からとなっていて、それまでまだ1時間以上もあったので外のベンチで休憩をしてからここを後にしました。

ここから帰る際は、「中宿バス停」もしくは「小野神社前バス停」から、神奈中バスで小田急線の鶴川駅行きか、京王多摩線の多摩センター駅行きに乗ります。注意したいのはバスが1時間に1本しかないことでしょうか。

黒川駅から5㎞ちょっと、1時間半のハイキングでした。

ログ

ジオグラフィカのログ

※セレサモスあたりから記録し始めたので距離が4.4kmしかない。

なお、本投稿と併せてYouTubeに動画を掲載しました。20分弱の動画で、黒川駅から小野路宿までのダイジェストとなっています。ハイキングの際の参考になれば幸いです。

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